関寛斎と浜口梧稜が非常に近いので、ここで興味ある梧稜のことを述べる。梧稜は紀州国広村(現・和歌山県有田郡広川町)のヤマサ醤油醸造業を営む浜口家第7代目当主である。彼は浜口分家・七右衛門の長男として、文政3年(1820)6月15日誕生し、12歳で本家の養子となった。梧陵は雅号で、字は公輿、諱は成則、嘉永7年(1854)に第7代浜口儀兵衛を襲名し、銚子での家業のヤマサ醤油の事業を継承した。
安政元年(1854)11月5日安政南海地震津波のとき、帰郷していた梧陵は、避難を呼びかけ、稲むらに火を放って、人々を高台へ導き、村民の9割以上(流死人30名)を救った。このことから、津波から命を救うためには、情報の伝達の速さが重要であるという教訓を残している。
当時の広村では、火事のとき、村人皆で消火活動を行う習慣があったことも、死亡者を少なくする一因であったそうだ。
この「稲むらの火」の物語は、梧稜その人の物語であり、小泉八雲(ラフカデイオ・ハーン)によって「生ける神(A Living God)」の題名で英訳され、全世界に紹介された。この話は戦前の教科書にも載っいるために有名である。平成16年(2004)12月26日のスマトラ地震と津波の災害後に現地を訪れた小泉純一郎首相が、「稲むらの火」のことを尋ねられたという。
梧稜のもう一つ有名な逸話を紹介する。江戸お玉ヶ池に伊東玄朴ら84名の蘭方医が募金をして安政5年5月に種痘所を建てたが、1859年には焼失した。そのとき、設立関係者の一人である三宅艮斎の関係であろうか、梧稜は、種痘所再建の為に300両を寄付している。このお玉ヶ池種痘所は西洋医学所になり、明治10年東大医学部へと発展していく。
さて梧陵は、若いときに江戸に上って見聞を広め、開国論者になって海外留学を志すが、開国直前の江戸幕府は許可しなかった。そのために30歳のときに故郷に帰り、嘉永5年(1852年)、同業の浜口吉右衛門(東江)・岩崎重次郎(明岳)とともに広村に、稽古場「耐久社」を開設して後進の育成を図った。梧稜は、嘉永7年(1854)に第7代浜口儀兵衛として、ヤマサ醤油の事業を継承したことは述べた。
慶応4年(1868)に、商人身分ながら異例の抜擢を受けて紀州藩勘定奉行に任命され、後には藩校教授や大参事を歴任するなど、藩政改革の中心人物とし、紀州藩や和歌山県経済の近代化に尽力した。
その後、明治4年(1871)には、中央政府・大久保利通の要請で初代駅逓頭(現・郵政大臣)に任命されたが、半年後に辞職した。
明治13年(1880)、和歌山県初代県議会議長に就任し、国会開設に備えて、木国同友会を結成した。明治18年(1885)、長年の夢だった欧米旅行の途中、アメリカ・ニューヨークで倒れた。
享年・満64歳であった。耐久社の伝統は、現在和歌山県広川町立耐久中学校と県立耐久高等学校に受け継がれている。
コレラ防疫の成果により、梧稜は寛斎を経済的に支援し、万延元年(1860)長崎に留学させ、蘭学医ポンペのもとで1年間学ばせた。そのとき佐倉順天堂から佐藤尚中が関寛斎と一緒に長崎に行っている。安政4年12月から長崎奉行所で始まったポンぺ教習所では、佐藤泰然の息子・松本良順の下に語学の天才・司馬凌海が通訳をして日本人の医師に基礎医学から、臨床医学、そして医事法制に至る幅広い教育が5年間なされた。
寛斎は、1年でこの遊学を終えるが、この間学んだことを「長崎在学日記」「ポンぺ講義筆記」「朋百(ぽんぺ)氏治療記事」などにまとめ、出版した。これらは、当時最新最高の医療情報として、全国から高く評価され、情報公開の求めが殺到し、寛翁は対応に忙殺されている。
「七新薬」は、親友である語学の天才・司馬凌海が原稿を書き、寛翁が文章を校閲して梧陵の援助で出版されました。これらの文献は現在でも当時の医療水準を知る第1級の資料と評価されている。寛翁はこの時点で、当時の医療近代化の先頭を切る一人だったといえる。
文久2年(1862)、寛斎は長崎から銚子に戻るが、翌年徳島藩・藩医となり徳島へ移住した。梧稜は寛斎に長崎での留学の継続を勧めたが、寛斎は梧陵の勧めに従わなかった。寛斎はこのことを終生後悔したという。
関寛斎が長崎から帰り、徳島藩医時代、戊辰の役の従軍、さらに徳島での町医者時代、さらに72歳で北海道陸別に入植したあとのことをのべる。
今回、関寛斎の第1回は、関寛斎の人生の前半長崎留学まで、と浜口梧稜のことを述べた。
《参考文献》
1)斗満の河(関寛斎伝) 乾 浩 新人物往来社(2008)
2)関寛斎・最後の蘭医 戸石 四郎 三省堂(1982)
3)浜口 梧稜 物語 戸石 四郎 多田屋株式会社
4)硬骨の蘭学医・関寛斎 (特集) 大塚薬報
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