行くとは決めたものの、格別なツテもなく、とにかく自分でせっせとアメリカの病院に手紙を書いた。3ヵ月で30通あまり出した手紙に対し、受け入れても良いという返事は2通だけだった。九大第二外科の先輩である小野慶治氏にも相談して決めたのはよりレベルが高いと思われたミネソタ州ミネアポリスのノースウェスターン病院。
「実際に行くまでは、アメリカで教育を受けさえすればすばらしい経験ができて、いい医者になれると信じ込んでいました。もちろん、現実はそう甘いものではありませんでしたが」
最初の誤算は、インターンとして入ったノースウェスターン病院だった。インターンの定員は12名とのことだったが、この年のインターンはなんと木村氏ひとりきり。
「つまり、教育制度が良いとは言えない病院だったわけです」
60年代には通常ならインターン1年の後、レジデントとして最低4年間の一般外科研修を受けると、外科専門医ボード試験の受験資格を得られた。翌年すぐに受験するならば、最短6年でアメリカの外科専門医資格を得て帰国できるはずだったのだ。
「でも、ノースウェスターンにインターンで入ってしまったので、良い臨床教育機関のコースから外れてしまったんですね。そうでなくても、外国人医師が外科系の研修で良いポジションを獲得するのは難しい状況。私の場合は2年目に、良い悪い以前に外科研修自体を受けられませんでした」
外科研修のポジションを得られなかった木村氏は、1年間、病理のレジデントとしてすごす。
どこにも行き場がなく帰国とならなかったのは、インターン時代の熱心な勉強ぶり、骨身を惜しまない働きぶりが評価されたため。病理で研修した1年も、もちろん無駄にはしなかった。
「病理解剖は250例ほどやりましたし、外科切除標本の顕微鏡スライドも5000枚以上覗きました。それらの所見の口述のために、英語の表現方法や発音もずいぶん勉強して。おかげで英語力はこの1年ですごくアップしましたし、病理学の知識は今にいたるまで非常に役立っています」
3年目からはアイオワ州に移って一般外科研修を受けられることになる。まず、国立ベテランズ病院でジュニアレジデントを3年。この間に外科各科やその他のサブスぺシャリティ、あるいは犬による動物実験を行うリサーチなどをローテートする。
「ERやICUも外科のレジデントがカバーしていましたし、当然、外科当直勤務も頻繁にあり、内科病棟の患者の救急処置もしていました。4年目のチーフレジデントの指導のもとに、いろいろな手術を経験させてもらいました。ベテランズ病院は、本来主に退役軍人のための施設ですから患者さんの99%が男性なんですね。女性や子どもを診る機会がほとんどないので、婦人外科と小児外科研修のために、6ヵ月間市中の一般病院への出張もありました」
とにかく仕事漬けの日々を送った。そして毎年、年度末には試験。
木村氏は、外国人というハンディがあるにもかかわらず、常に上位の成績を修めたという。
「ところが、大事なレジデント4年目にまたちょっとしたつまづきがありましてね」
ベテランズ病院からアイオワ州立大学外科でシニアレジデントとなったのだが、今まで教わる一方だった立場から、今度はチームリーダーとして教育の一端を担う立場になった。
「アメリカの大学病院で働いたことのない僕が、医学部3年生から外科研修3年目のジュニアレジデントまで10人もいるチームを引っ張っていかなくてはいけなくなったんですよ。
最初の4ヵ月間に大学病院に隣接する別のベテランズ病院や心臓・胸部外科、腎臓移植とローテートして、やっと大学病院での一般外科ローテーションがまわってきたのが11月。
4ヵ月も遅れて、初めての大学病院や初めての教授回診で戸惑うことも多かったうえに、主任教授は外国人嫌いとして知られた人でした。
当時くそ真面目で融通のきかない僕は、教授回診で気がつくとしょっちゅう、いじめにも近い叱責の対象になっていたんです」
差別や偏見から来るいじめは耐えればすむことだが、問題は推薦状である。いい推薦状を書いてもらえないと、後々の経歴にまで影響が出てくるのだ。案の定、専門医試験の申し込みに対してシニアレジデント修了後に来た返事は、受験を1年見合わせるようにとの内容だった
(株)メディカル・プリンシプル社発行
(ドクターズマガジン2006年2月号 掲載)
取材:及川佐知枝/文:中村裕子/撮影:田口昭充
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